大脳皮質抑制性神経回路の発生、成熟、機能を探る
大脳は、動物の学習、記憶、情動、行動といった高次機能を制御する重要な器官です。なかでも大脳表面を覆う大脳皮質は、機能的に最も上位に位置する司令塔として必須の働きをしていると考えられています。よって、大脳皮質の構造、機能、さらに、その発生、発達を理解することは、生物学における大きな挑戦であり、魅力的な課題となっています。
大脳皮質には、おおまかに分けて、興奮性、抑制性の二種類の神経細胞が存在します。それらは、軸索という突起を伸ばし、シナプスというつなぎ目を介して互いに結合し、複雑な神経回路を形成しています。興奮性神経細胞は、比較的長い軸索を伸ばし、結合相手の神経細胞を電気的に興奮させ、異なる脳領域間における情報伝達を担っています。これに対して、抑制性神経細胞は、短い軸索をその周辺に伸ばし、局所神経回路を形成し、結合相手の神経細胞の活動を抑制し、神経細胞(神経細胞集団)の発火リズムを調節しています。神経回路において、情報は神経細胞の多様な発火パターンで表現されると考えられています。従って、抑制性神経細胞の発達、機能を明らかにすることは、大脳皮質神経回路の動作原理を解明する上で必須と言っても過言ではありません。大脳機能における重要性を反映して、近年、抑制性神経細胞の精神疾患における関わりも明らかになってきました。
大脳皮質神経回路が示す、多様な機能、活動パターンは、異なる電気生理学的、形態学的、解剖学的特性を持つ”抑制性神経細胞サブタイプ”によって担われていると考えられています。よって、個々のサブタイプごとに発達、機能を解き明かしていくことが、研究をすすめていく上で非常に重要な鍵となります。われわれのグループは、遺伝子改変マウスを網羅的に作製し、抑制性神経細胞サブタイプの遺伝学的操作を可能にしてきました(Taniguchi et al., 2011)。これらのマウスを用い、以下の重要な疑問を明らかにしようとしています。
1)大脳抑制性神経細胞の多様性を産み出す分子メカニズム
2)大脳抑制性神経細胞サブタイプの局所回路形成メカニズム
3)大脳抑制性神経細胞サブタイプが形成する局所回路の解剖学的詳細
4)大脳領野、層特異的抑制性局所回路の形成メカニズム
5)大脳抑制性神経細胞サブタイプの学習、可塑性における役割